5・仇の息子 






この屋敷でルークの世話をすることになってからどの位の時間が経ったのだろう。
当初の目的であったファブレ家への復讐の気持ちはなくなったわけではない。

しかし、ルークと過ごす時間が増えるうちに
復讐心が揺らいでいるのは確かである。

誘拐され、無事に保護された後のルークは誰が見ても
誘拐前のルークとは別人のようだった。

幼いながらもキムラスカの、バチカルの未来を見据えていた瞳は
無垢な赤ん坊を思い出させるものに変わった。

言葉も…体の動かし方さえも分からない。

そんなルークの世話をし、屋敷での生活に関わる全てのことを
教えたのはガイだった。

歳の近い自分に安心するのか、それとも自分のことを
心のどこかで覚えているからなのか、
屋敷にいる誰よりもガイによく懐いてくれた。

そんなルークの姿を見ていると、心の中で何か暖かいものが
育っているような気もしてしまうから不思議である。

復讐の道具にするはずなのに。



――― これが『情』というものだろうか……。それとも……



考えに耽る自分の側へ駆け寄ってくる足音が聞こえた。

ルークだ。

歩き方を教えていた頃とは比べものにならない位、
軽やかな走りで自分の目の前へとやってくる。

そして、ガイを見上げ、首を傾げながら開いたルークの口から
とんでもない言葉が発せられた。







「なぁ。ガイって『むっつりスケベ』なのか?」


!!!!


そのときのショックといったら…頭に星をぶつけられたような、
いや、ぶつけられたことはないが、もし星をぶつけられたら
こんな感じになるのではないかと思える位の衝撃だった。

そんな言葉は俺が教えた覚えはない。
ましてや、屋敷の他の誰かが教えることは絶対にないだろう。
そんなことをすれば自分が職を失うだけである。

「だ、誰がそんなことを言ってたんだ?」

心の動揺を隠し、にっこりと笑みを浮かべルークへと尋ねる。

「メイドたちが話してた。『ガイってもしかしたらむっつりスケベかもしれないわね』って」

(だーーれーーだーー!!そんなことを言ったのはーーー!!!)

怒りを抑える為にぷるぷると手を握り締めるガイの心中を知ってか知らずか。

なぁーどうなんだよー。
と、ガイの上着の裾を小さな手で引っ張りながら答えを急かすルーク。

自分よりも幾分か低い目線に合わせる様にしゃがみながら、
小さな子供に言い聞かせるようにゆっくりと話す。

「絶対違うぞ。ルーク。メイドたちの言うことは嘘だからな」

「そうなのか?」

そもそもルークに『むっつりスケベ』という言葉の意味が分かってるのだろうか。
いや、たぶん分かってない。
とりあえず新しく覚えた言葉を使ってみただけなのだろう。
それを証明するかのように、ルークの質問が続く。

「ふうん。じゃあ、ガイのことを言ってるんじゃなかったら
 どういうことなんだ?『むっつりスケベ』って?」

「女性大好きだーという意味だ。ほら、違うだろ?」

「うん。ガイは女の人嫌いだもんな」

別に女性が嫌いなわけではなく、触られるのが苦手なだけなのだが。
そう説明してルークにまた『むっつりスケベ』と言われるのも嫌だったので、
「そうだな」と返事をしながら微笑む。

そんなガイの様子を見ていたルークが小声で呟いた。

「俺、男でよかったかも……」

「ん?なんでだ?」

「だって、俺が女だったらこんな風に出来ないだろ!」

照れた声と共に、胸元へ飛び込んでくる身体を反射的に受け止める。

まだ成長途中の柔らかな身体は、だいぶ大人へと近づいたガイの
腕の中へとすっぽりと収まってしまった。
そのままガイの胸へと幸せそうに頬をすり寄せるルークに、
戸惑いながらも抱きしめる腕の力を強くする。



男に抱きつかれて嬉しいわけがない。
女性に触れられるのが苦手でなければ、
女性に抱き付いてもらいたいと思う。

しかし、ルークが相手だと…嬉しいと思えるのだ。
心がざわめき、苦しくなるのだ。

この気持ちは一体何なのだろう。
自分の心が自分でもよく分からない。

もうしばらく……もうしばらく、このままルークの側にいよう。
「復讐」をやめたわけではないけれど、
そうすれば何かを…自分の心の答えを見つけることが出来るだろう。












ブログに載せていたSSです。
タイトルつけてなかったですが、お題の「仇の息子」ということで…(汗)
ガイをむっつりスケベ呼ばわりしてすみません!